- 松菱跡再生に向けての経過 -
平成13年 11月 松菱及び関連企業自己破産
平成14年 6月 松菱跡再生協議会の設立
7月 再生計画策定委託業務契約締結
平成15年 12月 松菱街区再生事業提案競技の実施、
事業者の決定
平成16年 3月 再開発事業準備会設立
6月 松菱通りB-3ブロック第一種市街地再開発事業の都市計画決定
9月 債権債務処理、資産処分に関する手続き完了
平成17年 2月 松菱通りB-3ブロック第一種市街地再開発事業認可
3月 松菱跡再生協議会 解散
平成18年 12月 出店協議状況確認書への調印(㈱アサヒコーポレーション・㈱大丸・市)
平成19年 8月 基本協定書締結(㈱アサヒコーポレーション・㈱大丸)
出店条件確認書締結(㈱アサヒコーポレーション・㈱大丸・市)
平成20年 2月 都市再生特別地区の都市計画決定
9月 基本協定書解除(㈱アサヒコーポレーション・㈱大丸)
出店条件確認書解除(㈱アサヒコーポレーション・㈱大丸・市)
平成21年 1月 J.フロントリテイリングが、出店の断念を決定表明
平成21年 12月 地権者あて早期解体等についての要望(市・商工会議所・商店界連盟)
1月2日の記事への質問に答える形での新しい記事、ありがとうございました。
すごくよく流れが理解できました
私の知っている範囲だと、もう二つ大きな項目があるかと思います。
平成18年 4月 中心市街地活性化審議会開催、中心市街地基本計画への申請を決定
平成18年 5月 鈴木康友市政開始
あたりですね。ではでは。
秋山 様
ご指摘ありがとうございます。
今回は、松菱に直接かかわるものということで、中心市街地活性化基本計画についての記載はしておりません。
計画区域150haの中心市街地活性化基本計画の認定は、平成19年8月ということになります。
なお、鈴木康友市長の誕生は、平成19年(2007年)5月です。
中心市街地活性化基本計画や基本協定書締結は、就任以前からの継続事項でした。
アクトの住人の秋山です。
ごめんなさい。ご指摘の通り、中心市街地活性化基本計画の申請も、康友市長誕生も19年でしたね。
確かに基本計画は直接松菱跡地とは関係ないのですが、しっかり読むと大丸の出店を前提に書かれています。
もっと辛口に言うと、コンパクトシティなどの記述は「青森市」をパクッたようで、美辞麗句、形容詞を取り除くと、何処の市でも使えるような概念論の計画書でした。
唯一の具体的な記述が「松菱跡地への大丸の出店」だと感じました。
確かに全て、康友さんの前なんですよね。
秋山 様
行政の継続性の確保と変革は、大変難しい関係にあると思います。
現在の民主党政権においても、大きな課題です。
マニフェストが、この課題を解決する有効な手段だと思います。
例えば、フォルテ問題や医療費助成です。
ただし、責任という点では、過去の政権の時代の案件であっても、現政権が責任を取るという仕組みになっています。
過去の不祥事の責任を現在の担当者が負担するのでは、不祥事はなかなか明るみに出ないですね。
難しいところだと思います。
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